2019年10月13日日曜日

園芸用鹿沼土をファーブルミニで観てみる

細粒、硬質という説明どおりわんがけしてもあまり崩れない。風化の進んだ軽石とはだいぶ異なる手ごたえ。撮影はコリメート式でやりました。
たぶん角閃石

たぶん磁鉄鉱。チタン鉄鉱ではない。
中央付近の茶色く半透明なのはカンラン石?白いのは軽石型火山ガラス
中央の薄茶色の半透明もカンラン石かな?輝石かな?

2019年4月30日火曜日

謎の物体というか生物?

洗車をサボるといつの間にか発生している謎の何か。ドアミラーの折りたたみ部分に、特に雨の日に活き活きとはびこる謎の何か。
雨上がり直後、濡れた部分に集中してるが動けるのか!?
触りたくないので水圧で吹き飛ばしてますが、たびたび発生してます。厄介だ。苔や藻類ならともかく動き回る奴は勘弁してほしい。

で、洗車した翌日にはまた同じものが同じ場所に。やはり同じ雨降り。顕微鏡で覗いてみました。
採取するときにバラバラになりましたが、長い紡錘状の塊は卵のうのようです
双眼実体顕微鏡で見てみると明らかに卵のようなので、雨降りの夜間に確認してみるとユスリカの仲間のようなものが卵付近に尻をつけているのが確認できました。産卵そのものは確認していません。
親らしき虫は翌朝には死んでました。雨上がりで卵は乾燥してます。次の雨で復活?


でも、どうしてこんな場所にピンポイントで?樹脂が誘引物質でも出しているのだろうか?今後も続くとなると厄介だ。

2019年4月14日日曜日

TRICK2 episode3 ロケ地

注意!犯人まるっとみえちゃいます


 いまさらだけど2002年に放送された「TRICK2 失踪者必ず発見の謎」のラストあたりの逮捕シーンのロケ地を見つけました。Amazonビデオで観たばかりだったのでピンときました。
山田奈緒子(仲間由紀恵)に指摘されて深見博昭(佐野史郎)が姿を現した場所です。私有地なので詳細は控えます。

 同じ場所の背後(南側)はパトカーに小早川辰巳(田山涼成)が乗せらた場所です。
直になくなるかもしれない場所なので、いまさらだけど記録しておきます。
 

2018年11月5日月曜日

火口列?

 10月の連休に箱根へ行ってきました。2015年の小規模噴火後初めての箱根です。

  10月8日の大涌谷はあいにくの天気でガスでほとんど見えませんでした。15-1火口周囲の火砕丘もだいぶ侵食を受けているようです。位置を間違えてなければ。
前日の7日は天気がよくて箱根の関所にある遠見番所からは富士山も見えていました。
6年前に見かけた強羅の土産物屋の亀はまんま元気でした。
メインの溶岩ダイクは須雲川の増水で断念。子連れでは無理な状態。
旅行とは関係ないけど箱根の地図を見ていて湯ノ花神社近くに気になる場所が。
 
これは火口列だろうか?並びの方向も北西-南東で関連がありそうだけど。なんだろう。沢沿いにできた偽火口?素人の無責任な考えです。

2018年7月10日火曜日

蛸杉根元の溶岩の由来についてパソコンの前に座ったきり想像する

史料紹介―道中日記史料と民俗
 上記リンク先の資料に富士参詣の旅日記(帳簿)が2例示されている。そのうちの2例目が群馬を出発して高尾山を経由して富士山、さらに大山、江ノ島を巡る道中となっている。道中の一部を簡略抜粋すると。
拝島---八王子---駒木野--浦番所---高尾山札---多摩川渡し---小仏峠泊まり
となっている。どう考えても多摩川渡しの位置がおかしいが、ほぼ道中の行程を示しているようだ。正しくは以下の行程だと思う。
 拝島---多摩川渡し---八王子---駒木野---浦番所---高尾山札---小仏峠泊まり
 ここで気になるのが浦番所と高尾山札。浦番所はおそらく小仏関所だと思うが、そう解釈すると高尾山札を購入したのは果たして薬王院なのかという疑問が出てくる。 「『富士山道しるべ』を歩く 改」によれば駒木野より八王子寄りの「コナシ(小名路)の手前で高尾山道を見送る」とある。どうやら江戸時代においても高尾山薬王院を参詣するには現在の国道20号線を通って1号路で登山するのが正式であったようだ。コナシで高尾道を見送って駒木野、小仏関所へと進む都道516号線の場合は高尾山薬王院へ登らずに小仏峠を目指すのが一般だったようだ。
 では高尾札はどこで購入したのか。ひとつは小仏関所を越えたあたりに札を購入できる授与所があった可能性。もうひとつは蛇滝から高尾山へ登った可能性が思いつく。そしてこの蛇滝から登るコースが蛸杉の根方の溶岩の由来を説明するかもしれない。

 江戸時代の風景画
  上記リンク先の高尾山の絵図によると、江戸時代にはケーブルカーの高尾山駅あたりに浅間社があったようだ。一今杉(一本杉?)と読める目立つ杉は蛸杉か。それはともかく、この絵図では山の向こう側になるので記載がないが、蛇滝から登るコースをたどると、この浅間社あたりに出てくる。もしこの浅間社に富士塚でもあれば、小仏峠を目指して高尾山を素通りする富士参詣者も薬王院へと登ってくるかもしれない。しかも一ノ鳥居をくぐって1号路を登ってくる参詣者もこの浅間社を通る。より多くの参詣者を集めるには重要な場所に思える。ここに富士塚があっても不思議ではない。
 現在この場所に浅間社はない(たぶん)。代わりに駅やビアマウントがる。おそらく蛸杉の根方の溶岩はこの浅間社にあったと想像される富士塚を転用したものではないかと思う。ひょっとすると江戸の終わりの神仏分離令で一ノ鳥居とともに取り崩されたのかもしれない。

 最後に、蛸杉の根方の溶岩を見て、そこから富士塚を想像するのは飛躍があると思うかもしれない。しかし、根方の溶岩は切り出された建材用ではなく、明らかに黒ボク石、つまり溶岩流表面のクリンカーで、これは富士塚に用いられる溶岩の特徴である。造園用として用いられることもあるが。

 ということで、以上ほぼ勝手な妄想でした。たぶん間違えてます。

2018年5月30日水曜日

富士山信仰の証?

 久しぶりの高尾山で気になったのが、蛸杉の根方の溶岩(玄武岩質?)。高尾山には本来溶岩はありませんからこの溶岩は人為的に運ばれてことになります。以前に聞いた話によると高尾山は富士講のコースに組み入れられていたそうなのでこの溶岩が富士山由来でも不思議ではありません。だとすると蛸杉周辺がかつては富士塚だったりして。
反対側に蛸の漏斗を思わせる根っこがあります。写りこんだ人物を消すために加工してます。



根の隙間に詰められた感じから溶岩の石組みはわりと新しい?

  仮にこの溶岩が富士塚の痕跡だとするとなぜ頂上でなくてここなんだろうか。この先に薬王院の奥之院と浅間神社があるからそこにも溶岩があるかもしれない。次に登ったら確認してみます。

2018年5月6日日曜日

Pu‘u ‘Ō‘ōからの印象的なピンク色の噴煙

U.S. Geological Survey
Pu‘u ‘Ō‘ō(プウオオ)からのピンク色のプルームが印象的ですが何でこんな色をしているのか調べてみました。

https://volcanoes.usgs.gov/volcanoes/kilauea/multimedia_chronology.html
リンク先を見てみると、もともとあった赤い色の溶岩が火口内に崩落してそれが火山灰としてプルームに色を着けたようです。崩落した赤い溶岩は高温酸化による赤色なのかな?

日本の富士山も山頂火口から噴火した場合、ピンク色の噴煙(プルーム)を上げるのかな。高温酸化した赤い色の溶岩が多いし。